大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和26年(う)612号 判決 1952年9月24日

控訴人 被告人 松本恵次 外二名

弁護人 渡部信男

検察官 宮崎与清関与

主文

被告人松本恵次に対する原判決を破棄する。

同被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納しないときは金二百五十円を一日に換算した期間労役場に留置する。

原審訴訟費用中証人堀富士麿に昭和二十六年四月十四日の出頭に支給した分、証人岡田綾子、同宮元勉、同堀孝俊に各同年五月十五日の出頭に支給した分、証人岡田治に同年五月二十二日同年七月二十一日の出頭に支給した分、証人林米松に同年六月十九日の出頭に支給した分、証人吉田睦雄に同年七月二十一日の出頭に支給した分、証人岡田幸子、岡村起一郎、林一雄、東竜次、東清子、中島登美子、蓮池聿子、源戸忠次、蓮池喜代、谷口時子、北山玉子、松村和子、小木戸外嗣夫、林庄作、北山繁人、松村忠雄、中島弘、横田秀雄、坂下光義、森範高に各支給した分は、いずれも被告人松本恵次をして被告人西山定雄並に坂田高利と連帯して負担せしめる。

被告人松本恵次に対する本件公訴事実中脅迫の点は無罪。

被告人西山定雄、同坂田高利の控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

被告人三名の弁護人渡部信男の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。

一、傷害の点の無罪を主張する論旨について。

しかし原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示日時被告人松本恵次方に行われた阿手青年革新会の新年宴会の席上、参会者の岡田勝己を迎え取りに来た其の兄岡田治が、先に右革新会から除名中の者であつたところから、些細な口論が発端となり、右岡田兄弟と被告人ら多数派の会員との間に、原判示争闘が展開せられるに至つたものであり、その争闘が何れの側の攻撃から開始せられたものであつたにせよ、被告人らは他の会員の味方と意思相通じ相手側と互に攻撃及防禦の方法を応酬して岡田治に対し原判示暴行による判示傷害を加えた事実を認定するに足るから、被告人らの右所為は弁護人所論の如く正当防衛をもつて目すべき余地のないものと云わなければならない。所論は採用することが出来ない。

二、被告人松本恵次に対する脅迫罪認定の事実誤認を主張する論旨について。

原判決はその事実理由第二として被告人松本恵次は右口論争闘の際岡田勝己が十能を以て前記囲炉裡内の炭火を数回すくい上げて同家「オエ」の間に撒き散らし同所に敷いてあつた茣蓙及び藁莚数枚の各一部を焼損し又右岡田治が同間にあつた被告人松本恵次管理にかかる一升瓶などを損壊し被告人西山定雄に対し左肘等に傷害を加うるなどの乱暴をなし他の者に取り押えられてその後退去したことを痛く憤激し大日川ダム問題で予てから意見を異にする同会会員堀孝俊、同宮元勉、同兄木享史及び同会会員で且つ鳥越中学校阿手教場勤務の教員堀富士麿を同会から強いて退会処分にしようと決意し同日午後十一時過頃同人らが岡田治、岡田勝己の前記犯行に荷担したこともなく又荷担したと疑われるようなこともないのに同会会計係吉田睦雄をして前掲同会の集会決議録中「昭和二十六年度、一月一日決議、兼て除名中の岡田治の件、本日新年会を催し中に不法侵入して器物破損し又火沙汰まで起した、此に行動を友にした岡田勝己を前記岡田治と共同行位であると会員総意により右勝己を本会より退会を命じたる事決議す」と記載してある次に「前記二名の行動に事前からもつて協力した者と見なし総意により本会より退会を命ず、右氏名、前会長堀富士麿、前会計兄木享史、堀孝俊、宮元勉右決議す」と記載させた上即時、同所において右堀孝俊、宮元勉、兄木享史の面前にて自らこれを読上げ右三名及び堀富士麿は岡田治、岡田勝己等と共謀し計画的に前記のような炭火撒布、器物損壊等の犯行に及んだものとして右四名に対し同会より退会を命ずることを提議し同席上の同会会員十数名と共に該四名の意思に反してこれを決議し右堀孝俊、宮元勉、兄木享史に通告し、次いで同所に呼び寄せた前記同会会員堀富士麿に対し他の同席者をして前同様通告させた上自己も亦これを告知し以てそれぞれ同人らの名誉を毀損すべきことを以て脅迫した旨判示したものである。

よつて原審の取調べた諸証拠に当審の直接認識した諸般の資料を綜合して考察すると、阿手青年革新会は大日川に臨む山間僻地の山村鳥越村字阿手部落の男子青年層の間に数十年以前から組織せられて来た団体で、その目的は会則によれば、一、敬神崇仏をもつて精神の修養を為し、一、種々の事業を図り基本金及び財産を蓄積し基礎を鞏固にして益々発展を期し、一、学問技芸を奨励し知識を練磨することなどをもつて部落の発展に寄与することにあるとし事実上部落に成人し又は居住する一定年限の青年の全部が原則上入会することが慣習とせられており、右慣習に従い入会することを肯ぜず又は入会の申出を拒まれた事例は古来皆無に等しい事実であるけれども、他面会則によれば会の名誉を汚辱し又は秩序を乱すなどの非行のある者その他会員としての不適格者を除名することが出来る趣旨の秩序罰を規定する統制規律が設けられているから会員多数の意思をもつて右規定に基き会則に定める除名事由に該当する者と認めた者に対して行う除名の処分自体は他にこれに附帯して被除名者との公私の交際を絶止するなどの申合せを行うとか又は同処分の効果として当然右同様の社会的不利益を被除名者の生活利益に及ぼす部落慣行が存在し且つ除名の処分を行う者において同慣行による不利益を被除名者に被らしめようとする意図又は認識をもつて行動することの場合でない限りはたとい同処分において除名理由として指摘せられた事実が真実に反することを処分者において認識していたと仮定しても脅迫罪を成立せしめるに足らないものと云わなければならない。その名誉毀損罪の成立する場合のあることはこれ自ら別個の問題である。

然るに原判決は右の点に関する考察としてその事実理由の冒頭において、「曾つて非行のあつた者又は同会員にふさわしくないと認めた者を除名し時には部落民から絶交する措置を講じたこともあり、同会から除名又は退会の処分を受けた者は部落民から冷視され、精神上少からぬ痛苦打撃を蒙る環境に置かれると云う状況」を認定しているけれども右認定の中前半は過去に於て被除名者に対し部落民が絶交の措置を執つた事例があることを示すのみで現にかかる措置を執り又はそのような慣行の存在することを判示したものでないことは明かであるから右は後半の「除名又は退会の処分を受けた者は部落民から冷視され、精神上少からぬ痛苦打撃を蒙る環境に置かれると云う状況」を表す為めに用いた一個の修飾法と認めなければならないが、しかし本件に現われた諸般の資料をあさつて見ても右判示前半の如くに被除名者に対し部落民が絶交の処置を執つた古い過去の前例を認めうるのみで現にかかる措置を執り又はそのような慣行の存在することを示す証拠の存しないことはもちろん、被除名者が現に部落民から其の他の如何なる「冷視を受け精神上の痛苦打撃を蒙る環境」に立たされるかについて具体的事実の内容を確認する資料がないのであるから原審の右判示は過去に存在した事例の推理をもつて現在を推し計る飛躍的論理に立つたものと云わなければならない。

しかも本件除名処分に発展した事件発生の原由を顧みると当局の大日川ダム建設計画に対し父祖伝来の地を陥没せしめるか否かの重大な岐路に立つた部落民の賛否両論の対立が、そのまま本件青年革新会を構成する青年層に反映し多数派に属する被告人らと少数派の原判示被除名者らとの軋轢を生ぜしめ、相互の反感が、原判示新年宴会の席上における些細な口論を緒口に爆発し原判示の暴力沙汰に進展したものであつて、被告人ら多数派と少数派の前記岡田治及び岡田勝己兄弟との争斗に際し少数派に属する判示被除名者ら四名の態度が、少くとも多数派の被告人らに協力的でなかつたことは明かであり、かかる同人らの立場と現場における態度が争闘の余憤と亢奮の渦中にある被告人らをして判示除名理由に示された如き判断の下に判示の除名決議の断行に奔らしめた主要な動因であつて、右処分は多数派の激情にかられた狂信的な所為として公平と平静を失したものとのそしりを免れないかも知れないが、原判示のように、大日川ダム問題で予ねてから意見を異にする四名の者を強いて退会処分に付する目的で同人らが、岡田兄弟に加担し又加担したと疑われるような事由もないのに、故意に無根の事実を言いこしらえた悪質な措置の如く断定することは前後並に周囲の状況に照らし行き過ぎた判断と云わなければならない。

以上説示の理由により結局被除名者に対する公私の交際の絶止その他の生活利益の侵害を何らかの形で企図し又は認識したことについて証拠の十分でないことに帰着する本件処分により脅迫罪の成立する証明はないものと云うべく、されば被告人松本恵次に対しても本件脅迫罪の訴因につき無罪を言い渡すべきであるのに有罪を認定した原判決は違法であり破棄を免れない。

三、被告人西山定雄、坂田高利に対する量刑の不当を主張する論旨について。

本件諸般の犯情を酌量しても同被告人らに対する原審罰金五千円の量定は必ずしも過重とは認められない。所論は採用出来ない。

四、そこで被告人西山定雄、同坂田高利の各控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべきである。

五、被告人松本恵次の控訴は前記二の点で理由があるので刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して同被告人に対する原判決を破棄し当裁判所において被告事件につき次の通り審理判決する。

原判決が挙示の証拠により判示第一の傷害罪の訴因について認めた事実に法律を適用すると被告人の所為は刑法第二百四条第六十条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するから所定刑中罰金刑を選択して所定罰金額の範囲内で主文の刑を量定し同罰金不完納の場合は刑法第十八条により主文の割合をもつて同被告人を労役場に留置し、原審訴訟費用中主文記載の分は刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条により同被告人と他の両名の被告人との連帯負担とする。

本件公訴事実中被告人松本恵次に対する原判決掲記の脅迫罪に関する訴因は本訴因についてもその予備的訴因についても前記共通の理由によつて犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をなすべきである。

そこで主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人渡部信男の控訴趣意

第一点原判決には理由齟齬の違法あり破棄さるべきものである。

原判決は判示第一の傷害の事実を認定した上此の点に関する弁護人の正当防衛の主張は之を排斥する旨判示して居るのであるが原判決挙示の証人松村和子同松村忠雄同中島弘同吉田睦雄同谷口時子同小木戸外嗣夫の各証言並に事件の発端推移経過の実情によつても右弁護人の主張は左様簡単には排斥し去ることは出来ないと考へるのであつて、むしろ原判決の為した右判決には誤謬を認めるべきと思料する。即ち原審弁護人は「判示第一の所為に関し、被告人等は先に退会に為つた岡田治がその腹癒をする為、昭和二十六年一月一日被告人松本恵次方の阿手青年革新会の新年宴会に暴れ込む計画をして居つたが同人の弟岡田勝己をして先づ同所に集つた青年会員数名に暴行傷害を加へさせそこへ姪岡田幸子の迎へで来た岡田治(昭和二十五年十二月六日退会に為つた者)が「退会者は入つてはいかん出て行け」と言われたにも拘らず、被告人松本恵次方オエの間(オエの間とは百姓家の茶間の方言である)に不法に侵入し同人が不法に侵入するや右岡田勝己が被告人松本恵次方オエの間の囲爐裡中の燃えて居る炭火を十能ですくい上げてオエの間一杯を火事場の様にし、それに呼応して岡田治が消火をして居る会員家人多数目がけて火鉢一升瓶等を投げつけて妨害し暴れたので岡田勝己岡田治の暴れるのを停めなければ、火鉢等が投飛ばされて被告人等及青年会員家人等多数の生命身体の危険があるし生命身体の危険がある為消火出来なければ家屋が火災に為り隣家に延焼する危険が十分あり、それかと云つて又身体生命の危険があるからとして被告人等青年革新会員及家人等が他の室又は戸外に逃出せば火災に為るし被告人等は此の急迫不正の侵害に対し、身体生命火災を防衛する為、已むを得ず暴れ狂つて居る岡田勝己岡田治を取抑へるの所為に出たものであることを主張したのに対し原判決が右主張を排斥したのは、岡田治が故なく被告人松本方オエの間に不法侵入したものでなく被告人等が岡田治をオエの間の奥の方に引入れて喧嘩をしたものと認定したものと判断する他ないのであるが、原審が調べた証拠を精査すると被告人等の右行為は急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛する為已むことを得ず出た行為であることが十分窺われる。如何と為れば原審の被告人並に各証人の供述を綜合すれば、一、岡田治が昭和二十五年十二月六日阿手青年革新会を退会に為り心良からず思つて居つた腹癒に昭和二十六年一月一日の阿手青年革新会の新年宴会に弟岡田勝己と暴れ込もうとして居つたのである。(被告人松本恵次の供述及証第二号の記載其の他)二、岡田治岡田勝己兄弟が右の如く暴れ込んだのは両名が計画的に暴れ込んだもので両名と被告人等が出合頭に喧嘩したものでなく落合つて喧嘩したものでもない。(イ)証人松村忠雄同中島弘の証言によると同日阿手青年革新会か退会に為つた宮元勉の兄宮元美憲が「正月には大きな喧嘩があるから毎年帰るが今年は帰らない」と言つて居り (ロ)同日退会に為つた堀富士麿、宮元勉、堀孝俊、岡田勝己等が宴会の後暴行の前オエの間大黒柱の所で車座に為り密談をして居り(証人谷口時子同吉田マリ子同吉田睦雄同岡田幸子同堀富士麿)(ハ)岡田治岡田勝己と同居して居る姪岡田幸子が同日被告人方に岡田勝己と一緒に行つて居り勝己が林一雄北山繁人や谷口寛を殴ぐり暴れ出す前から「心配だ心配だムサイムサイ(厭だとの意)」と言つて、そわそわし又勝己が喧嘩をするかも知れないと放言し勝己が何等の理由もなく林一雄を殴ぐり暴れ出すや岡田治を迎へに行つたのである。このことは岡田勝己が暴れ出したならば岡田治も岡田幸子の連絡で被告人松本恵次方に暴れ込む計画があつたことが判るのである。(証人吉田マリ子同蓮池聿子)。この場合岡田治が暴れ込む計画でなければ岡田方の女二、三人が行き協力して事なき内に岡田勝己を連れ戻せばよいのに正月酒で酔つて居る岡田治が行く必要がない。現に岡田治や岡田勝己が暴れた後岡田綾子等女四人が迎へに来て連れて帰つて居る。(ニ)岡田勝己は何等の理由もなく「松本の家が火事になろうが西山の家が火事になろうが田中の家が火事になろうが知つたことでない。」と暴言を吐き、その暴言を止めた林一雄を又何もしない北山繁人及谷口寛を殴つて暴れ始めたのである。被告人等は喧嘩する心算がないから殴られた三名も被告人等も無抵抗であつた。(証人松村利子同中島トシ子同小木戸外嗣夫同谷口寛)(ホ)而して岡田幸子に迎へに来られた岡田治は曩に退会に為つて居るので被告人松本恵次方の阿手青年革新会の新年宴会の会場に入れないことを知り乍ら、右会場である被告人松本恵次方オエの間に被告人坂田等から入るな帰れと拒否されて居つたのに無理に入り岡田治が右の如く不法にも住居侵入するや岡田勝己は突然十能を以つて囲爐裡の中の燃えて居る炭火をオエの間一杯に撒き散らし阿修羅の如き騒ぎに為り逃げ惑うもの火を消そうとする者物を取り片づけようとする者目掛けて、岡田治が火鉢一升瓶等を投付けたのである。(各被告人の供述証人中島トミ子同吉田マリ子同谷口時子同源戸忠次同蓮池聿子同小木外嗣夫同北山玉子同松村和子同吉田睦雄同横田秀夫同北山繁人同中島弘の各証言)(ヘ)住居侵入、火を撒き、物を投げたのが先である。それを被告人としては会員等と共に消火しなければならず消火するには物を投げて消火の妨害をする岡田治を取抑へなければならず、その為に被告人等は岡田治等の急迫不正の侵害に対し已むを得ず逃げ出すことも出来ず、唯一の方法として暴れる岡田治を取り抑へたのであるがその際岡田治が暴れ廻るので傷害の結果が生じたのである。(前記証人等各証言)(ト)岡田治が暴れた後ニヤニヤして流場で皿をわつて居つても被告人等は急迫不正の侵害がないから放置して居つた。このことは証人多数の証言がある。

以上の如く岡田治が被告人松本恵次方に不法に侵入して来たのを被告人等が拒否したところ、その弟岡田勝己が突然オエの間に火を撒き阿修羅の如き騒ぎの最中岡田治が火鉢や一升瓶を所構わず投飛ばすので身の危険と消火の為反射的に被告人等が暴れる岡田治を取り抑へたのである。然りとすれば右燃えて居る炭火をオエの間に撒き散らし物を投げて消火も出来ず身の危険を防ぐ為反射的に被告人等が暴れる岡田治等を取抑へたことは正に急迫不正の侵害に対し被告人がした防衛行為は已むを得ないものであると認定し得ると思う。

況んや火災発生多数の者の傷害を生ずる岡田治等の行為を防衛する為被告人等が岡田治に生ぜしめた打撲擦過傷は治療数回のものを与へたとしても決して均衡を失した程度の反撃でもないから被告人等の主張は当然正当防衛として認定し得ると考える。ただ之を妨げる見解は暴行傷害を刑事事件とされるや反撃として被告人等を陷しいれる為後で告訴した岡田治岡田勝己及その一家の者並に岡田勝己等が暴れたので同人と同時に阿手青年革新会を退会に為つた堀富士麿宮元勉堀孝俊兄木享史等が不利な証言をして居るけれども岡田治等此等一派の者は証拠品としてオエの間にあつた莚茣蓙が火を撒いた為焦げて居ることが明であるのにその焦げて居つたことさへも否認し、岡田治は又証拠品として押収されて居る瀬戸物が目茶目茶に破損して居るのに「水を飲んで茶碗を瀬戸物籠の中に放込んだだけだ」と全く出駄羅目な証言をし岡田一派の者は公判の度毎に寄合つて相談して嘘の証言をし(証人吉田睦雄の証言)岡田治は兄岡田万収が被告人松本から昭和二十六年六月初稲苗を貰うや「そんなものを貰つたのでは村八分の事件が駄目に為る」と言つて騒ぎ、又岡田一派の証人兄木享史は岡田勝己の人足に出たことに付嘘の証言をして居る等岡田一派の証言は全く嘘の証言であり心憑すべからざるものであり正月早々暴れ込まれ火を撒かれたので直に夜中三里の雪道を別宮巡査駐在所に告訴に行つた被告人等の供述は十分措信すべきものがあるのにも拘らず、原判決が正当防衛の主張を排斥したのは本件を喧嘩であると易く考へ形式的に岡田一派の証言を採用し双方を処罰したのは誤りである。結局本件の事実関係に於て被告人の行為は当然正当防衛を以つて論ずべきを原判決が簡単に判示事実に照しその理由なしと一蹴したのは到底納得出来ないのである。

第二点原判決は大審院判例と相反する判断をし罪と為らない事実を脅迫罪に問擬した違法があり破棄さるべきものである。

原判決は判示第二の事実として「被告人松本恵次は右口論争闘の際岡田勝己が十能を以て前記囲炉裡内の炭火を数回すくい上げて同家「オエ」の間に撒き散らし同所に敷いてあつた茣蓙及藁莚数枚の各一部を焼損し又右岡田治が同間にあつた被告人松本恵次管理にかかる一升瓶等を投げ被告人松本方の板戸及び同被告人管理にかかる一升瓶等を損壊し被告人西山定雄に対し左肘等に傷害を加うる等の乱暴をなし他の者に取押さえられてその後退去したことを痛く憤激し大日川ダム問題で予てから意見を異にする同会会員堀孝俊同宮元勉同兄木享史及び同会員で且鳥越中学校阿手教場勤務の教員堀富士麿を同会から強いて退会処分にしようと決意し同日午後十一時過頃同人等が岡田治岡田勝己の前記犯行に荷担したこともなく又荷担したと疑われるようなこともないのに同会会計係吉田睦雄をして前掲同会の集会決議録中「昭和二十六年一月一日決議、兼て除名中の岡田治の件本日新年会を催し中に不法侵入し器物破損し又火沙汰まで起した、此に行動を友にした岡田勝己を前記岡田治と共同行位であると会員総意により右勝己を本会より退会を命じたる事を決議す」と記載してある次に「前記二名の行動に事前からもつて協力した者と見なし総意により本会より退会を命ず、右氏名前会長堀富士麿前会計兄木享史堀孝俊宮元勉、右決議す」と記載させた上(一)即時同所に於て右堀孝俊宮元勉兄木享史の面前にて自らこれを読み上げ右三名及び堀富士麿は岡田治岡田勝己等と共謀し計画的に前記のような炭火撒布器物損壊等の犯行に及んだものとして右四名に対し同会より退会を命ずることを提議し同席上の同会員四名の意思に反してこれを決議し右堀孝俊宮元勉兄木享史に通告し(二)次で同所に呼び寄せた前記同会会員堀富士麿に対し他の同席者をして前同様通告させた上自己も亦これを告知し、以つて同人等の名誉を毀損すべきことを以て脅迫し」と脅迫の事実を認定して居るが右判示事実中には被告人松本の行為として阿手青年革新会員及阿手部落の住民が堀富士麿堀孝俊宮元勉兄木享史に対し絶交を宣言し其の四名の被退会者を阿手青年革新会及阿手部落の外に排斥してその人格を蔑如する結果を来たしその四名は社会的価値を毀損した事実又は退会を仮装して絶交を決議宣言した事実は何等記載されて居らない。

原判決は単に被退会者四名が被告人松本等と大日川ダム問題で意見を異にして居つたので強いて退会処分にし様とし被告人松本方で暴れた岡田治や岡田勝己に荷担せず又荷担したと疑はれるようなこともないのに右四名の意思に反して退会の決議をして之を通告又は告知して同人等の名誉を毀損すべきことを以て脅迫したとして居つて何等被退会者に対し村八分村ハヅシ即ち絶交を決議し絶交者と交際した者も更に絶交するとか其の他の罰を通告し以つて郷党に於ける交際を遮断することを宣言し通告若くは告知した事実は何等認定されず、従つて記載されず問題にもされて居らない。証第二号の決議の時決議録に書いてある以外の決議なく絶交と言うこともなかつた。(証人林一雄同宮元勉)只原判決は冒頭事実中「曾て非行のあつた者又は同会員にふさはしくないと認めた者を除名し時には部落民から絶交する趣旨の措置を講じたこともあり同会から除名又は退会の処分を受けた者は部落民からも冷視され精神上少からぬ痛苦打撃を蒙る環境に置かれると云う状況で」あるとして居るが本件の退会処分が曾つて部落民から絶交する趣旨の措置を構じたものと同じであるとの認定はない。然して除名退会のことは被退会者の意思に反して法律上正当な行為として弁護士法第五十六条民法第六百七十九条商法第八十五条中小企業等協同組合法第五十三条農業協同組合法第二十二条消費生活協同組合法第二条国会法第百二十二条労働組合政党規約其の他殆んど総べての組合団体に規定されて居り、然るが故に本件証第一号阿手青年革新会会則第八条にも「会名を汚辱し会の進歩を害し会則を無視する者には退会を命ずる」と本人の意思に反して退会処分することあるべき任意の契約があることも当然のことである。蓋し退会除名とは当然被退会者の意思に反するもので任意団体で被退会者の意思により退会するならば何も法律又は規約の明定は必要でない。故に単に除名又は退会させた事は決して脅迫罪にはならない。脅迫罪となるに付除名又は退会が村八分村ハズシとして絶交を宣言し以て郷党に於ける一切の交際を遮断することを宣言通告するものでなければならない。即ち明治四十四年九月五日、同年(れ)第一四七七号大審院判例(刑事判決録十七輯一五二二頁)によると「一定の地域に於ける住民が吉凶互に慶弔し寒暑相存問する如きは普通の社交状態なりと雖も法律上交際を強要するの権利存在せざるを以て一人が他人に対して従来継続したる交際を謝絶したりとするも之が為めに其の人は権利を侵害せられたるものと謂うべからざるは勿論なり然れども一定の地域に於ける住民が一定の制裁を以て団結し其の一部の人に対し絶交を宣言する行為は是れ寔に其個人を社会団体の外に排斥し其の人格を蔑如する結果を来し人の社会的価値たる名誉を毀損するものなりと謂はざるべからず原判決に於ても判示せる村八分とは敍上の趣旨なれば被告等が後藤九四郎に対して村八分と為す可しと脅迫せるは九郎を畏怖せしめる目的を以て郷党に於ける交際を遮断するに因りて其名誉に対して害を加うべしと通告したるものに外ならざれば刑法第二百二十二条の犯罪を構成するや論なし。」とし一定の地域に於ける住民が一定の制裁を以て団結し其の一部の人に対し村八分にするとして絶交を宣言する行為は其の名誉に対し害を加うべしとし通告したもので脅迫罪として居り大正二年一月三十一日大正元年(れ)第二三八八号大審院判例(刑事判決録十九輯第一四九頁)大正二年十一月二十九日大正二年(れ)第一七〇六号同院判例(刑事判決録十九輯一三五頁)大正九年十二月十日大正九年(れ)第二三四五号同院判例(刑事判決録二十六輯九一二頁)大正十三年六月二十日同年(れ)第八三四号同院判例(刑事判例集第三巻五一〇頁)大正十三年十一月二十六日同年(れ)第一四七八号同院判例(大審院刑事判例集第三巻八三一頁)等大審院判例は全部前記判例と同じく絶交理由の有無に拘らず村八分村ハズシとして絶交を決議し又は一切の交際を絶つべき旨を決定して之を通告することが人の名誉に対する害悪の通告たる性質を有し脅迫罪であるとして居ることは誠に当然のことである。大審院判例は絶交理由の有無に拘らず絶交すれば脅迫罪になるのであるから岡田治岡田勝己を退会させたことは検察官の起訴状及原判決の趣旨から言へば退会の理由があるから犯罪にならないとの見解かも知れないがそれは絶交の事実がないから犯罪にならないと言うのが正しい見解である。

斯くの如く原判決摘示の判示第二の事実は其の記載自体で罪に為らない事実を脅迫罪に問擬した違法があり破棄の上無罪の判決を賜はりたい。

第三点原判決は重大なる事実誤認の違法があり破棄さるべきものである。

(一)原判決は判示第一の傷害の事実に付き弁護人の正当防衛の主張を排斥し之を有罪と認定したが右事実は前記の通り岡田治が青年革新会に対する腹癒に同革新会の新年宴会に暴れ込むことを岡田勝已と計画し岡田勝已が暴れて林一雄北山繁人谷口寛を殴つたり蹴つたりし始めると同人等の姪岡田幸子が岡田治を迎えに行つた。岡田治は退会に為つて居るものは入つてはならんと入ることを拒まれ又出て行けと要求されたに拘らず被告人松本方のオエの間に不法に住居侵入をするや突然岡田勝己が囲爐裏の燃えて居る炭火を十能でオエの間に撒き散して火事場の様にし同時に岡田治が驚倒し又泣き叫び乍ら消火又は逃げ惑う青年革新会員及び女子青年団員を目掛けて火鉢や一升瓶を投付けて阿修羅の巷としたのを、火を消さなければ火災に為り被告人等多数の者が怪我をするので被告人等は岡田治を取抑えたのである。

右の如く被告人等の行為は正当防衛で刑責がないことは前記第一点に述べた証人の各証言により認められるところであるが原判決は其の事実の真相を把握せず徒らに被告人等に敵意と悪意とを持ち事実を捏造して虚偽の陳述をした岡田治岡田勝己一派のみの証言を根拠に岡田治が奥の方に引入れられたので同人は故なく同所に侵入したものでなく退去要求を受け乍ら故らに退去しなかつたものでないと認定して居るが原審は弁護人の申請した証人約四十一名中僅二十名を訊問したのみで他の申請を放棄せしめ十分な取調をせず、先入観に基き職権で証人を調べ被告人等を有罪としたけれども原審で取調べた証人の他本件傷害事件の際相会して居つた青年革新会員女子青年会員被告人松本恵次の家族等多数の者が居る。その多数の証人取調をしないで徒らに喧嘩であると断じて被告人等を有罪にした原判決は審理不尽重大なる事実の誤認を犯した違法がある。

(二)被告人松本が岡田治に暴行して傷害を与えたとの原審の認定は誤りである。

判示第一の事実は右第一点第二点の(一)に述べた通り破棄さるべきものであるが更に被告人松本は判示第一の事実に被告人坂田同西山と意思相通じて岡田治に暴行を加えて傷害を負はせた事実はない。原判決は岡田治の証言だけで被告人松本を有罪にしたが、岡田治は流場で瀬戸物を壊はしたことに付水を呑んで湯呑を茶碗籠の中に入れたら瀬戸物が壊はれたとか火を撒いたことは知らぬとか言う様な工合に全く出駄羅目な証言をして被告人松本を陷れて居るのである。其の他は被告人松本が岡田治に暴行を加えて居ると云うのは悪意の推定である。何卒更に証人及壊われた瀬戸物を取調の上岡田治が偽証し他に被告人松本が暴行傷害を与へぬとの証人を明にせられ原判決を破棄の上無罪の判決を賜わりたい。

(三)原判決は判示第二の脅迫の事実に付有罪の認定をしたが、前記第二点に述べた通り被告人松本等は被退会者四名を村八分村ハヅシとして絶交の決議をし又は郷党に於ける一切の交際を絶つべき決定をして之を通告したのではなく又原判決事実の冒頭記載の「曾つて非行のあつた者又は同会員にふさはしくないと認めた者を除名し時には部落民から絶交するの趣旨の措置を構じた」と同趣旨の絶交の決議通告等をしたものでもなく反つて昔の阿手部落の除名と異り岡田治や本件の退会処分は全く絶交と云うことはなく(証人吉田政勝)単なる青年革新会の退会処分である。只単に被退会者の意思に反して阿手青年革新会会則(証第一号)第八条に基き退会を決議して之を通告若くは告知したのみである。原判決は判示第二の記載で明なる如く本件は会則に従い退会処分に付したのみで決して村八分村ハヅシ絶交の決議宣言通告告知及之に類する何等の決議もなく記載もなく之に紛はらしい語句疑はしい文言もなく又表面上退会処分とし裏面には絶交を宣言決議したものでもなく曾つて阿手部落に絶交の制裁があつたとしてもそれと同様の意味の退会処分をしたとの事実の認定もなく又被退会者と交際した者を退会する等何等の罰もなく単に退会処分に付したとあるのみであり更に除名処分と言う語句も使つて居らない。故に右退会処分後も被告人等郷党の者は被退会者四名及その家族を村八分村ハズシ絶交等一切の交際を絶つ様なことをして居らない。又本件の退会処分をした直前の被退会者岡田治は昭和二十五年十二月六日本件の被退会者堀富士麿が阿手青年革新会会長の時退会処分に為つたがそれは絶交の決議及事実が無かつたことは検察官も証第二号証第一号の決議録及会則で明であつたので堀富士麿を何等の疑問なく之を脅迫罪として取調起訴しておらないのである。弁護人に於ても右堀富士麿が右の如く脅迫罪で取調起訴を受けなかつた事は当然であると思うがそれは堀富士麿が岡田治を退会処分に付したのは会則に基き之を為したもので村八分村ハヅシ絶交又は郷党に於ける一切の交際を絶つと言う如き決議通告若くは告知と言うのではなく左様な絶交の趣旨もなく退会決議後も岡田治が青年革新会の諸行事に会員として出席出来ないという以外個人的には岡田治も其の家族全員も村の人々と個人的にも村の交際も何等変りなく交際して居り村八分村ハヅシ絶交の事実もなく又退会決議の際罰則若くは吊し上もして居らず単に阿手部落が大日川ダム問題で所謂愛邑会と同志会との二派に分れて居るだけのことで報恩講の中止も岡田治の退会と関係ないことは本件の証人が多数証言して居るところで明である。即ち岡田治及其の一家は治の退会処分後も阿手部落の不寝番(夜廻り)も変はりなくやり壮年団女子青年団坂下光義方からの買物関係村の人足集会等一切の公私の交際に変りなかつたことは原判決の採用した証人松村忠雄中島弘吉田睦雄小木戸外嗣夫松村和子の各証言するところであり其の他の証人も同様の証言をして居るのである。万一原判決第二の事実が有罪との最終判決が仮りにあつたとせば被告人等としても岡田治を退会処分にした堀富士麿の取調を要求する必要が生じて来る訳である。

而して本件の被退会者堀富士麿同堀孝俊宮元勉兄木享史も岡田治同様退会処分を受けた後は阿手青年革新会の会員でなくその行事に出席出来ないと言うだけで被退会者及其の家族は公私の社会的生活即ち交際は何等の変化がなかつた。又右証人及本件各証人の証言によると被告人松本等阿手青年革新会員は昭和二十六年一月一日夜半堀富士麿外四名を退会処分に付した直後被告人西山同坂田等四名が別宮巡査駐在所に岡田勝己岡田治の暴行傷害を告訴に行き巡査の来る迄の間被退会者堀孝俊宮元勉兄木享史を含めた全員に夜食を出し同日からの部落の不寝番買物配給部落の総会壮年団女子青年団人足堀富士麿と教員同志の交際等従来と同じく変はりがなかつた。故に被退会者たる証人宮元勉は退会された方がよかつたと証言して居る位で何等絶交等のないことを如実に表はして居る。消防団が堀富士麿兄木享史に一時身を引かしたのは火沙汰に協力した疑があるからで退会処分と関係なく父が代りに出て居り堀富士麿の教え子が休んだのも全部ではなく退会処分が直接の原因ではない。又原判決は被退会者に「前記犯行に荷担したこともなく又荷担したと疑はれるようなこともないのに」として理由がないのに退会処分に附したから脅迫罪であるとして居るようであるが、前記判例の通り絶交理由の有無に拘らず郷党の者全部が一定の人に対し村八分村ハヅシ等として絶交を宣言することが脅迫罪に為るので絶交理由があつて絶交すれば脅迫罪にならず絶交理由なくして絶交すれば脅迫罪になると云うのではないのであるから、本件に於て退会処分の理由の有無は有罪無罪を論ずるのに左迄重要必要な事柄とは考えられないのであるけれども本件に付て被退会者四名に夫々退会処分に付すべき理由があつたことは証人小木戸外嗣夫同中田清次同吉田睦雄等の証言で明である。

原判決は被退会者の勝手な主張のみに耳を傾け其の他の証人を取調べることもなく徒らに退会の理由なく退会させたことは脅迫罪であると断案したのは誤りである。

以上原判決判示第一第二の事実は当時居合はした者を未だ証人として半分も取調べて居らず又阿手部落四十数戸の者全部に付取調をすれば判示第一の事実に付ては正当防衛であること、判示第二の事実に付ては村八分村ハヅシ等絶交の宣言も事実もなく証第二号決議録の通り単なる青年革新会の退会処分(除名でもない)であることが明と為るのに審理を尽さず先入観に基き有罪と認定したのは重大なる事実の誤認を犯した違法があるから更に証人を取調べ原判決を破棄の上無罪の判決を賜はりたい。

第四点原判決は量刑が不当に重いから破棄さるべきものである。被告人等三名は何れも前記の通り全部無罪であるが仮に有罪だとしても何れも極めて真面目な前途有為の青年にして郷党の為に正義の剣を下したと信じ正月早々暴れ込んで火を撒かれ火事場の様にされ沢山の物をこわされ甚大な物質的精神的被害を受け告訴迄し又身許に付何等の悪評もなく徒らに前科起訴猶予もない純心無垢の被告人松本を実刑にし特に青年革新会員の総意により退会処分をしたもので之を実刑に処すことは同人の為には勿論阿手部落の治安の為にも重きに過ぎるから原判決破棄の上、被告人三名に付刑法第三十六条第二項の刑の免除乃至罰金刑の執行猶予の判決を賜わりたい。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例